桜井兄弟はヤバイ。
それが最近教わったこと。
辞書を借りに来た琥一君が帰っていった後で、私はクラスメイト達に囲まれた。
口々に騒ぎ立てる皆を蹴散らして、乗り込んできた花椿さんや宇賀神さんは『大したことじゃない』って笑って言ってくれたけど。
(でも、私には、あんまり昔と変わったようには見えないんだけどなぁ)
まぁ確かに二人とも―――若干姿勢が斜めかなーとは思うけど。
琥一くんは入学早々授業をボイコットしまくってるみたいだし。
琉夏くんは琉夏くんで、しょっちゅう生徒会長に追いかけられているし。
(風紀委員じゃお手上げで、会長自ら取り締まりに出てきたみたいなんだよね)
まあ、琉夏くんは目立つから。
遠くにいてもすぐに見つけられる。
透けるほど色を抜いた金色でサラサラの髪に白い肌、着崩した制服と、のんびりした歩き方。
思い出して笑ったら「おーい」って声が聞こえた。
振り返ると階段の上から琉夏くんが手をヒラヒラ振りながら降りてくる。
「今帰り?」
「うん」
私がいるのは昇降口。
人の捌けてきた靴箱の前で、自分の靴を取り出そうとしていたところ。
近くにいた男子が、琉夏くんの姿に気付いた途端サッと外に出て行った。
―――やっぱりちょっと怖がられているみたい。
でも、当の琉夏くんはそんなのお構い無しに、いつも通りののんびりした足取りで私の傍までやってきて、立ち止まってニッコリ笑った。
「途中まで一緒に帰んない?」
「いいよ」
「んじゃ出発」
やっぱり琉夏くんは琉夏くんのままだ。
(私の思い違いじゃないよ、確かに、ちょっと雰囲気変わったかもしれないけど―――)
でも、その後すぐに、私は少しだけ考えを改めることになる。
―――琉夏くんは、変わってしまった所もある。
そして多分、琥一くんも変わっているんだろうと思う。
私はあまり詳しく知らないんだけど、良い噂を聞かないっていう余多門高校。
そこの男子と知り合いだって言ってた琉夏くん。
友達―――じゃないよね?あの人たち、琉夏くんを凄く睨んでいたもん。
きっと何かあったんだ、私の知らない、聞いても答えてくれない何かが。
(それって怖い事なんだろうな)
「いいから行けよ」って言った琉夏くん。
雰囲気に押されて走ってから、気になって急いで引き返してみたら、琉夏くんは喧嘩の真っ最中だった。
見たことのない怖い顔をして、ためらいなく相手を傷つけて。
私の知らない琉夏くん、私が知らない間の二人。
優しくて、でも時々消えてしまいそうなほど儚く見えた、線の細い綺麗な男の子。
思い出が目の前の光景と一瞬結び付かなくて、何だか凄く怖くなって、それで私は―――
叫んだら、人が集まって来てくれたお陰で琉夏くんと余多門の男子との喧嘩は終わった。
私は琉夏くんに腕を引かれながら、走ってその場を後にした。
「もう、どうなるかと思った―――どうしてケンカなんてするの?」
「そりゃあ、ほら、悪者はやっつけないと、ヒーローとして?」
「また、すぐふざける―――本当に怖かったのに」
「ハァ、だから先帰れっつったろ?」
「私が止めなかったら大変なことになってたでしょ?ビックリした」
「俺もビックリした、やめてー!!ってスゲーでかい声で、ヨタ高のやつらビビってた」
「だって、それは!」
「ハハッ!」
琉夏くんは大切な事をそうやってはぐらかそうとするけれど、でも。
(ねえ、琉夏くん)
「今日は、ゴメン、一緒にいるときはさ、絡まれないようにする」
「うん―――ん?一緒にいるとき、も、だよ?」
「も!フフッ、バイバイ」
「うん、じゃあね」
家の前まで送ってくれた琉夏くんの、遠くなる後姿を見送りながら想う。
どうして危ないことばかりするの?
乱暴なのは琉夏くんに似合わないよ、凄くらしくない。
琥一くんだって本当は優しい人なんだ、だから二人とも、そんな風にしないでいて欲しい。
(私がいない間に、二人に何があったんだろう)
二人でグレたんだって、入学式の朝、琉夏くんは笑っていたけど。
校内でもその言葉を肯定するみたいに、周りから少し浮いてるようだけど。
(私、そんな風には思えないよ)
教会の傍で遊んでいた頃のまま、私たちは何も変わっていない気がするのに―――
4月は過ぎて、今は5月。
夏の近い気配がする。
夕暮間近の少し白んだ風景を、のんびり歩く後姿が曲がり角の向こうに消えるまで、何故だかずっと目が離せなかった。